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2020年8月31日 礼拝説教 「心の願いを誰に訴えるべきか」

  2020 年 8 月 31 日 礼拝説教 「心の願いを誰に訴えるべきか」 ルカによる福音書 18 章 1 ~ 8 節 1節                   イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。 2節                   「ある町に、 神を畏れず人を人とも思わない 裁判官がいた。 3節                     ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。 4節                   裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。 5節                   しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」 6節                 ...

2020年8月25日 始業礼拝 「思いがけない時代に備えて」

  2020 年 8 月 25 日 始業礼拝 「思いがけない時代に備えて」 ルカによる福音書 17 章 26 ~ 37 節 26節           ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。 27節           ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。 28節           ロトの時代にも同じようなことが起こった。人々は食べたり飲んだり、買ったり売ったり、植えたり建てたりしていたが、 29節           ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。 30節           人の子が現れる日にも、同じことが起こる。 31節           その日には、屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。 32節           ロトの妻のことを思い出しなさい。 33節           自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである。 34節           言っておくが、その夜一つの寝室に二人の男が寝ていれば、一人は...

2020年7月17日 終業礼拝 「見えなくても神の国がある」

2020 年 7 月 17 日 終業礼拝 「見えなくても神の国がある」 ルカによる福音書 17 章 20 ~25節 20節              ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。 21節              『ここにある』『あそこにある』 と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」 22節              それから、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたが、人の子の日を一日だけでも見たいと望む時が来る。しかし、見ることはできないだろう。 23節              『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが、出て行ってはならない。また、その人々の後を追いかけてもいけない。 24節              稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである。 25節              しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている。 7 年くらい前までの 3 年間、私は中国に住んでいました。乞食が座る街角の傍を高級車が通り、富を公平に分配する共産主義社会とは思えませんでした。しかし、住宅事情にも医療制度にも改善が進み、政府が本気になって庶民の生活水準を高めようとしているという印象を受...

2020年7月13日 礼拝説教 「差別を打ち破るもの」

2020 年 7 月 13 日 礼拝説教 「差別を打ち破るもの」 ルカによる福音書 17 章 11 ~ 19 節 11節              イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。 12節              ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、 13節              声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。 14節              イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。 15節              その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。 16節              そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。   17節              そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。 18節          ...

2020年7月6日 礼拝説教 「取るに足りない僕」

2020 年 7 月 6 日 礼拝説教 「取るに足りない僕」 ルカによる福音書 17 章 7 ~ 10 節 7節                   あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、『すぐ来て食事の席に着きなさい』と言う者がいるだろうか。 8節                   むしろ、『夕食の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕してくれ。お前はその後で食事をしなさい』と言うのではなかろうか。 9節                   命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。 10節              あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」 現代社会には「僕」という身分はありません。聖書時代の「僕」には借金返済のために自由を失った人たちが多く、労働条件がとても悪かったです。夜明けから日没まで農作業をした後も休ませてもらえず、奴隷に近い扱いを受けました。ヘトヘトになって畑から帰ってきた「僕」は主人の食事の支度をさせられ、「ご苦労様」の一言もないまま一日の勤めを終えました。 精一杯働いた「僕」は最後に「この程度のことしかできなくて申し訳ございません。」と言って謝らなければなりませんでした。今の時代なら、大変な人権問題になりますが、優しいはずのイエス様が、自分の弟子になろうと...

2020年6月22日 礼拝説教 「躓く小さい者たち」

2020 年 6 月 22 日 礼拝説教 「躓く小さい者たち」 ルカによる福音書 17 章 1 ~ 6 節 1節                   イエスは弟子たちに言われた。「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。 2節                   そのような者は、これらの小さい者の一人をつまずかせるよりも、首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましである。 3節                   あなたがたも気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。 4節                   一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」 5節                   使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、 6節                   主は言われた。「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に...

2020年6月15日 礼拝説教 「信じる根拠となる物」

2020 年 6 月 15 日 礼拝説教 「信じる根拠となる物」 ルカによる福音書 16 章 27 ~ 31 節 27節              金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。 28節              わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』 29節              しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』 30節              金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』 31節              アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」 先週、この話の中に「金持ち」の正体についてヒントがあると言いました。紫の衣を着てぜいたくに遊び暮らし、五人の兄弟がいたこの人は一体だれでしょうか。既に死んでいた人ではなく、ユダヤ人の最高指導者、カイアファだったという説があります。カイアファはエルサレムの神殿礼拝から巨大の富を得ていた大祭司一族の長、アンナスの娘婿で、このアンナスには五人の息子がいました。 たとえ話の後半は、どうすればこのような人たちが反省し、生き方を変えるかについての議論になります。「金持ち」は残された家族の行く末を心...