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2019年1月20日 礼拝説教 「戦陣訓にも負けないイエス様の教え」

2019年1月20日礼拝説教 「戦陣訓の教えとイエス様の教え」
ルカによる福音書14章25節 ~ 33節
25節大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。 26節「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。 27節自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。 28節あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。 29節そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、 30節『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。 31節また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。 32節もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。 33節だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」

 二年半前に亡くなった妻の父親は、二十歳になるや否や、軍人として中国に渡りました。父は時々、その頃の思い出話をしましたが、暗記させられた兵隊の心得、戦陣訓の話をすることもありました。太平洋戦争が始まった年に東条英機が出したこの文書の大部分は、今の時代にも通用する道徳的な教えからなっていますが、次の内容も含まれています。原文ではなく、現代語訳を読みます。
「わが国は天皇国家である。天皇の軍隊の風紀と規律の神髄は、天皇に対する絶対服従を崇高な精神とする。進んで死を恐れず、艱難辛苦に堪え、ひとたび命令が下ると、喜び勇んで、生きて帰る望みのない場所に跳び込み、ひとたび死に場所を見つけたら、ある限りの体力、精神力をささげ切り、落ち着いて死ぬことを羽毛のように軽いものと考え、永遠に忠実で勇敢な兵士として名を残すことを武人としての最大の喜びとしなければならない。 君主への忠義と親孝行が一致することは、わが国にしかない特別な道徳の最も優れた点であり、国に対する忠義に厚い人たちは、必ずまた、親孝行を尽くす人たちでもある。自分の死…

2019年1月14日 始業礼拝 「演出家は満席にこだわる」

2019年1月14日始業礼拝 「演出家は満席にこだわる」

ルカによる福音書14章15節 ~ 24節

15節食事を共にしていた客の一人は、これを聞いてイエスに、「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」と言った。 16節そこで、イエスは言われた。「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大勢の人を招き、 17節宴会の時刻になったので、僕を送り、招いておいた人々に、『もう用意ができましたから、おいでください』と言わせた。 18節すると皆、次々に断った。最初の人は、『畑を買ったので、見に行かねばなりません。どうか、失礼させてください』と言った。 19節ほかの人は、『牛を二頭ずつ五組買ったので、それを調べに行くところです。どうか、失礼させてください』と言った。 20節また別の人は、『妻を迎えたばかりなので、行くことができません』と言った。 21節僕は帰って、このことを主人に報告した。すると、家の主人は怒って、僕に言った。『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をここに連れて来なさい。』 22節やがて、僕が、『御主人様、仰せのとおりにいたしましたが、まだ席があります』と言うと、 23節主人は言った。『通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ。 24節言っておくが、あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない。』
一昨年の10月17日、さいたまスーパーアリーナで開かれる予定だった歌手、沢田研二のコンサートは開始直前に中止されました。理由はコンサート会場が満席にならないと知った沢田研二が出演を拒否したからです。キャンセル料やチケットの払い戻しで主催者の損失は4千万円に上るとされましたが、それ以上にがっかりしたのはわざわざ会場に駆け付けたファンの方だったと思います。イベントの主催者は常に満席を求め、「主催者発表」と聞くと、実数より多いと考えるのが一般的です。最近はこぢんまりとした結婚式やお葬式を好む傾向がありますが、世界のどこに行っても、人生の大切な節目に、大勢の人が集まらないと寂しいと思うのが人間の一般的な心理だと思います。
ニュージーランドで体験したことですが、一歳の孫が誕生日を迎えたフィジー出身の方から、誕生会の記念撮影にだけ入って欲しいと頼まれたことがあります。用事があって立ち寄っただけなの…

2019年12月16日 礼拝説教 「上座、下座とサンタクロース」

2019年12月16日礼拝説教 「上座、下座とサンタクロース」
ルカによる福音書14章7節 ~ 14節
7節イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。 8節「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、 9節あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。 10節招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。 11節だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 12節イエスは招いてくれた人にも言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。 13節宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。 14節そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」
 床の間の前が上座で、自分から進んで座らないのは日本社会の常識です。しかし、皆が遠慮していると上座がなかなか埋まりません。私は以前、このしきたりを知らないで、床の間の前が空いていたので、そこに座れば良いと思って恥をかいたことがあります。今は皆と一緒に上座を避けて座ろうとするようになりましたが、イエス様が目撃したのはその逆の光景でした。前回のお話と同じ場所で起きたことですが、身分の高いファリサイ派の人の招待客は、上座と決まっていた家の主人の近くにある席に座ろうと競っていました。
現代の日本人に比べると、当時のイスラエル人がとても幼稚だったという印象を受けます。上座を争うことを諫めるイエス様のこの教えは、現代の日本には不必要だと思うかもしれません。「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」は、遠慮することを大事にする日本人の間では常識化した知恵であり、聖書を読まなくても皆がわかっていることです。
 しかし、イエス様の次の教えはどこの国に行っても違和感を持つ人が多いと思います。「昼食や夕食の会を催すときに…

2019年12月2日 礼拝説教 「レスキュー隊に休業日はない」

2019年12月2日礼拝説教 「レスキュー隊に休業日はない」
ルカによる福音書14章1節 ~ 6節
1節安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。 2節そのとき、イエスの前に水腫を患っている人がいた。 3節そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」 4節彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。 5節そして、言われた。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」 6節彼らは、これに対して答えることができなかった。
安息日の礼拝が終わり、会堂から出て来たイエス様は身分の高い方の家に招かれました。そこにはルカが「水腫」と呼んでいる病気を患っている人がいました。現代の医学用語で何の病気に当たるかは確実に言えませんが、「むくみ」の症状が重かったことがわかります。血液は動脈を通って体の末端に水分を運び、細胞に届いてから再び血液に吸収され、静脈を通って運ばれて行きます。この水分の行き来のバランスが崩れると、細胞の隙間に水が溜まり、体にむくみの症状が出ます。リンパ系が正常に機能しないなど、原因となる病気はいくつもありますが、体が不自由になり、ひどい痛みを伴うこともあります。その場にいたこの人も、同じような辛い思いをしていたと想像できます。
しかし、イエス様を招待した人たちはその人の辛さを気にしていた様子はありませんでした。病気を癒すことで有名なお方が来た。仲間が「水腫」で苦しんでいる。騙されたつもりで頼んでみようか。そう思ってもよさそう状況だったのに、ナザレのイエスを陥れることに気を取られていた彼らはそこまで考える余裕はありませんでした。
仲間の苦しみは二の次で、集まった人たちの非難の目はイエス様の一挙手一投足に注がれていました。ここで癒しの業が起きたら、イエス様が安息日の掟を破った証拠をつかむことがでると期待していました。「水腫」を患っていた人はもしかしたら仲間ではなく、イエス様を罠に誘い込む、おとりとして連れて来られた人に過ぎなかったかもしれません。
一月半くらい前の礼拝で似たような話がありました。イエス様は安息日に病気の人と…

2019年11月25日 礼拝説教 「孤立を恐れない」

2019年11月25日礼拝説教 「孤立を恐れない」
ルカによる福音書13章31節 ~ 35節
31節ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」 32節イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。 33節だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。 34節エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。 35節見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」

今年の9月20日、世界各地で合わせて400万人、27日に200万人の生徒が集団で学校に行くのを拒み、気候変動対策に取り組むように大人たちに訴えかける抗議行動に参加しました。「未成年者はそのようなことを大人たちに任せ、将来に備えて勉強に専念すべき。」と非難する声もありましたが、運動の指導的役割を果たしたスウェーデンの高校生、グレタ・トゥーンベリは反論しました。「我々の将来が消えようとしている時に、将来に備えて勉強することに何の意味があるでしょうか。政治家や一般社会が、最も優れた科学者の結論に目もくれないのなら、同じ科学を教える学校で学ぶことに何の意味があるでしょうか。」 この少女は8歳の時に初めて気候変動について学んだ時、不思議に思いました。「もし気候変動が引き起こそうとしている悲劇が事実なら、何故、ニュース番組の話題を独占しないのだろうか。」物事を曖昧にすることを極端に嫌うこの少女の性格は、障害の一種と診断されましたが彼女は言います。「結論は明白です。温室効果ガスの排出が地球環境を破壊しているなら、温室効果ガスの排出を減らすのではなく、すぐに止める他はありません。何もかも白黒を付けたがる私こそ正常です。お金儲けのことを気にするあまり、何もしようとしない大人たちが異常です。」
今から50年前、東京大学の安…

2019年11月18日 礼拝説教 「狭い戸口」

2019年11月18日礼拝説教 「狭い戸口」
ルカによる福音書13章22節 ~ 30節
22節イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。 23節すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。 24節「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。 25節家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。 26節そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。 27節しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。 28節あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。 29節そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。 30節そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

「狭い戸口から入るように努めなさい。」この言葉を聞くと今から6年前の夏、どうすれば日本の高校生がアメリカの一流大学に入学できるかを研修するツアーに参加した時のことを思い出します。ハーバード大学で入学担当者の話を聞き、入学条件の厳しさを知って唖然としました。毎年、4万人を超える受験生が門を叩きに来ますが、大学院を除く学部レベルでは1,650人しか入学できません。学校で一番の成績を取った生徒でも大勢不合格になります。勉強以外のスポーツや芸術など、何かの分野で一流と認められる実績を残す必要もあるので、学力がいくら高くても入学できる保証はありません。
ハーバード大学から歩いて30分くらいの場所にあるMITでは学力だけで入学できると知らされました。しかし、ここでも国際数学オリンピックで優勝した生徒は英語力が足りなかったために落とされました。留学志望者が受けるトーフル試験で100点以上取れないと数学の天才でも駄目でした。シリコンバレーの近所にあるスタンフォード大学では次のように言われました。「昨年、日本から1…

2019年11月11日 礼拝説教 「直径0.5ミリからの始まり」

2019年11月11日礼拝説教 「直径0.5ミリからの始まり」
ルカによる福音書13章18節 ~ 21節
18節そこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。 19節それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」 20節また言われた。「神の国を何にたとえようか。 21節パン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
お祭りの屋台でよく売れるフランクフルト。トマトソースやマスタードを付けて食べると美味しいですが、マスタードの原料になるのはからし種です。厳密に言うと、からし菜は一年草で、木ではありません。イエス様がこの例えに用いたのは、地中海沿岸に生息するクロガラシではないかと言われています。草丈が2メーターを超え、条件が良ければ6メーター以上にも伸びるこの植物の大きさに比べると、種は直径0.5ミリしかなく、とても小さなものです。
 パン種はイースト菌を含む、一握りのパン生地のことです。それに比べると、四十リッターにもなる、三サトンの小麦粉は、一人の女性が料理に使うにはあまりにも大きな量です。しかし、一握りのパン種さえあれば、小麦粉の全体が膨らみ、それでパンを焼けば大勢の人たちに振る舞うことができます。パン種はからし種に並んで、小さな始まりが、けた違いに大きな結果を生む物の例えになっています。イエス様によると、これが神の国です。その働きは組織を持たない、無学な、少人数の、力が弱い、みすぼらしい人たちから始まります。
新約聖書時代に大手をふるったローマ帝国の文化は弱者を蔑みました。戦に負けない、強い者を敬い、戦争に負けた国の市民は、虐殺に合わなければ奴隷として売られるのを当然に思いました。力ある男性はおとがめなしに立場の弱い女性に手を出し、その結果、生まれた子供が放置され、死に追いやられることを何とも思いませんでした。都市部で伝染病が猛威を振るうと、健康で裕福な人たちは病人を捨てて田舎にある別荘に逃げました。
 このような時代に生きる初代のクリスチャンたちは、病気になった人たちを献身的に介護し、捨てられた子供を拾って育て、貧しい人たちに食料を分け与えました。十字架に付けられて処刑された人が救い主だと信じ、無抵抗主義を貫いた彼らは、何よりも強さに憧れるローマ帝国の主流派に軽蔑さ…