2025年4月14日 礼拝説教 「心の貧しい人」

 2025年4月14日 礼拝説教

「心の貧しい人」

マタイによる福音書423節~53

23節           イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。

24節           そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。

25節           こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った。

5

1節               イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。

2節               そこで、イエスは口を開き、教えられた。

3節              「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」

「英雄待望論」という言葉を聞いたことがありますか。強いリーダーシップを発揮し、社会の問題を一気に解決してくれる、特別な人に現れて欲しいと思う気持ちのことです。イエス様が活動していた二千年前のイスラエルにこのような感情がとても強かったです。国の全盛期から千年以上がたち、次々と強い帝国の餌食にされる時が過ぎていました。しかし、旧約聖書を信じていたイスラエル人は、その中にある約束を固く信じていました。かつてのダビデのように、外国の軍隊を追い払い、イスラエルを栄光の姿に復活させる救世主が必ず現れる。そう信じていたので、期待できそうな人物が現れる度に、その人の回りに大勢の人が集まりました。

その類の人のほとんどは二つのタイプに分かれていました。まずは武装集団を作ろうとする人たちでした。「イスラエルの勇士たちよ、立ち上がれ。正義の神は我々の味方だ。無敵に見えるローマ軍でさえ、我々の力には及ばない。」このような言葉を聞いて燃え上がる若者は結集して謀反を起こし、その都度、木っ端みじんされ、拠点になった街や村が破壊されました。血気盛んな人に通じる話だったかもしれませんが、力の弱い、一般人には響かない言葉でした。

対照的に、武力ではローマ帝国に勝ち目がないと悟っている人たちがいました。「我々の救いは武器からではなく、天から来るのだ。神様がこれまで動いてくれなかったのは、旧約聖書の律法を忠実に守らなかった私たちに原因があった。徹底的に守れば神様に喜ばれ、武器を取り上げなくても、奇跡的に過去の栄光を取り戻せる。」このように主張する人たちは、旧約聖書のルールに、生活をとても窮屈にするたくさんの新しいルールを加えました。このような話を聞いても元気がでません。「生活に何の余裕もない私たちに、このようなルールなんか守れるはずがない。」

イエス様の人気が高まると大勢の人が集まり、どのようなことを言うのだろうと思って注目しました。その時、イエス様の口からとても意外な言葉が聞こえて来ました。「皆が期待している幸せな世の中は今にでもやってくる。しかし、それを手に入れるのは勇敢な人でも、厳格な人でもなく、心の貧しい人だ。つまり謀反を起こす勇気もなく、生活にルールを守れる余裕のない人たち。自分の足らなさを深く意識している人たちが幸せになる。」これを聞いてあっけに取られる人もいれば、元気を取り戻す人もいました。イエス様が語る福音、つまり良い知らせは、これまで希望を持てなかった人たちの心に光を差すものでした。

先週から、今年度の最初の授業と部活動が始まりました。イエス様の教えによるとこれからの一年を通して一番幸せになれるのは、自分に力も知識もなく、心が貧しいという意識がある人たちです。頭も心も空っぽだと分かれば分かるほど、多くの事を吸収できます。謙虚な気持ちになって、肩を並べてたくさんのことを共に学びましょう。

新約聖書の最後の方に次の言葉あります。「知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなく、とがめだてしないで、お与えになる神に願いなさい。そうすれば、与えられます。」旧約聖書にある詩編の言葉を読んで終わります。「わたしが、あなたの神、主・・・口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。」ハングリーな気持ちになって学び、お腹も心もいっぱいになる一年を過ごしましょう。

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