2026年6月10日礼拝説教
「暗くも明るくもなる心」
マルコによる福音書5章1節~8節
2節
イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。
3節
この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。
4節
これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。
5節
彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。
6節
イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、
7節
大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」
8節 イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われたからである。
衣服を身に着けない。家に住まない。鎖でつないでも縛っておけない。昼も夜も、墓場で叫ぶ。石で自分の身体を打ちたたく。このような人を見たことがないと思うかもしれませんが、どの時代の、どの社会にも、似たような人がいます。先進国であまり見かけないのは、人目につかないように施設に閉じ込め、おとなしくなるように薬を飲ませるからです。
一般の人とは関係のない特殊な人の話だと思うかもしれませんが、この「悪霊にとりつかれたゲラサ人」の物語は、多くの文学者の注目を集め、多くの読者の心を捉えてきました。六千人からなるローマの軍団を指して使われる「レギオン」と名乗るこのゲラサ人。外見的にはまったく正常な人間でも、「これは私のことだ」と言って親近感を持つ人が多くいます。表向きの自分は礼儀正しく、人に優しい。しかし、それとは別な、滅多に人に姿を見せない、陰の自分がいることに気付き、この隠れた自分に怯え、苦しんでいる人は少なくはありません。
精神疾患について専門的な知識がないので、お医者さんに診てもらう必要のある心の病について語るつもりはありません。しかし、このゲラサ人と似たような症状になるのは、さほど難しいことではありません。
仮に、なってみたいと思うなら、まずは人に裏切られ、騙され、バカにされ、仲間外れにされ、恥をかかされた時のことを思い出してみてください。思い出す内に、強い恨みが湧いてくると思います。この恨む気持ちを離さないように大事にしてください。朝起きたら思い出し、夜、布団に入って眠りに就くまで、悔しい状況を何度も何度も、頭の中で再現してください。
次は、何かの意味で、自分よりも恵まれている人を思い起こし、自分と比べてみてください。自分と違って、お金がある家に生まれ、友だちが何人もいて、注目され、頭が良く、スポーツも上手で、すてきな彼女、または彼氏がいることに思いを寄せ、どうしてまた自分とこんなに違うのか、じっくりと考えてみてください。頭をぐらぐらさせるほど、強い嫉妬心が湧いてくると思います。
最後に、一番嫌いな人の顔を思い出し、機会があったら、その人をどのような形で、痛い目に会わせられるか、細かく、具体的に考えて見てください。それを繰り返す内に、止められないほど、憎しみが湧いてきて、身体が震え始めるでしょう。
恨み、妬み、憎しみ。どんな人の人生にも、本当につらいことが起きるので、心の中でこのような気持ちを膨らませるのは、いとも簡単にできることです。しかし、今話したような事をしていると、心が暗い穴に閉じ込められ、周りにいる人たちができれば避けて通りたいような人間になり、自分の存在が、誰よりも自分にとって、耐えられないほど、辛いものになってしまいます。
ちょっと怖い話だと思うかもしれません。しかし、人は決してこのような状態に陥る必要はありません。どうすれば、このような事態を避けることができるのでしょうか。
まずは恨みを育てるのを止め、生まれた時から身近にいた人たちから受けた、優しさと親切を一つ一つ思い出してください。今ここにいるのは、自分だけの努力によるものではなく、数えきれないほどの人の支えがあった結果であることに気が付きます。
次に、自分を人と比べ、心が妬みにむしばまれる日々との別れを告げてください。幸せそうに見えても、人には必ず陰の部分があり、それについて何も知らないのに、自分と比較するのは愚かなことです。比べるなら、今の自分を、昨日の自分、先週の自分、一年前の自分と比べてみてください。成長している自分に気付がいて元気が出るか、もし、成長していなければ、建設的な反省ができるようになります。
最後は憎しみとの決別です。人を憎めば憎むほど、心が暗くなり、締め付けられます。嫌いな人の顔を思い出して、その人の幸せを祈ってください。相手に何の変化もないかもしれません。しかし、自分の心が自由になり、気分が明るくなります。「イエスが、『汚れた霊、この人から出て行け』と言われたからである。」
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