2026年2月1日礼拝説教 「だれのための安息日」
2026年2月1日礼拝説教
「だれのための安息日」
マルコによる福音書2章23節~3章6節
23節
ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。
24節
ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。
25節
イエスは言われた。・・・
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27節
「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。
28節
だから、人の子は安息日の主でもある。」
3章
1節
イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。
2節
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。
3節
イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。
4節
そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。
5節
そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。
6節
ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。
江戸時代の日本人にどのような休日があったでしょうか。職業によって違いましたが、商人や職人は一日と十五日と二十八日に休みを取りました。お侍さんには交代制の非番がありました。農家は農作業に区切りがつくまで働き続けました。一斉に休むのはお正月を始めとする年中行事の時だけで、毎週、日曜日が休日になったのは明治9年、150年前の1876年4月1日からのことでした。
最近は大分ゆるくなりましたが、私が子供の頃、ニュージーランドのお店は日曜日になると一軒も空いていませんでした。同じ日曜日でも、週末にお店が賑わう日本とはずいぶん違う雰囲気でした。お店屋さんも家族と過ごせる休みが必要だという、世間の優しさという側面もありましたが、キリスト教の聖日に当たる日曜日にお金を稼ぐのは不謹慎だという思いも根強くありました。
現在のイスラエルに行くと、安息日に当たる、金曜日の日没から土曜日の日没まで、お店のほとんどが閉まっているほか、公共のバスや電車は全く動きません。聖書に出て来るユダヤ人と同じように、七日目の休日に強いこだわりがあります。新約聖書が書かれたこの当時、ユダヤ教徒はこの日に仕事をしないばかりか、一切してはならないと固く信じていました。モーセの十戒には次のように書いてあります。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事をもしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も同様である。」
そもそも、この掟がユダヤ人に与えられたのは、奴隷生活を強いられたエジプトから脱出した直後のことでした。奴隷には人権も休日もなく、八時間働いたら家に帰れるという決まりもありませんでした。ユダヤ人は週の七日目に、その生活から解放されたことを喜び合って堂々と、次のように言えました。「今日は休みだ。私は誰の奴隷でもない。仕事は一切しない。」安息日の掟は、喜びの掟でした。
しかし、この時から数百年がたち、外国人がイスラエルの地を占領するようになりました。その時から、次のような声が聞かれるようになりました。「このような大変な目に合うのは安息日をきちんと守らないからだ。安息日さえ、厳しく守れば、外国人が出て行き、国が自分たちの手に戻る。」ユダヤ人は安息日にとてもこだわるようになり、庶民を困らせる多くの規則を作り、皆の生活がとても窮屈になりました。
ここで、イエス様は当時としては絶対に口にしてはならない事を言いました。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。」敵対するファリサイ派やヘロデ派の人たちはこの言葉に激怒しました。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」イエス様のこの問いかけに返す言葉がなく、「どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。」と書いてあります。
人はしばしば、表面的な議論に惑わされ、事の本質を見失い、間違った方向に走り出します。今は選挙戦の真最中で、ここにいる生徒の一部に選挙権があります。政治家は票を欲しがって様々なことを熱心に主張しますが、皆が正しい事を言っているとは限りません。今の政治の動きは十年後の生活に何らかの影響を及ぼします。「許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」という、イエス様の言葉を心に留め、祈りながら国の行方に注目したいと思います。
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