2026年1月19日礼拝説教 「断食の時と婚礼の時」
2026年1月19日礼拝説教
「断食の時と婚礼の時」
マルコによる福音書2章18節~22節
18節
ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」
19節
イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。
20節
しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。
21節 だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。
22節 また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」
この当時、ぶどう酒は、ガラスの瓶ではなく、動物の皮でできた袋に入れて持ち歩きました。発酵が終わっていない、新しいぶどう酒を入れると、発酵過程が続くので、皮袋が膨張しました。固くなった古い革袋なら、破れてしまう危険性があったので、この場合は、伸び縮みしやすい、新しい皮袋を使いました。
私の両親の世代が子供の頃、衣類の多くは、初めて洗濯すると縮みました。今はそうならないように加工されていますが、昔は何度も洗って縮み切った布に、洗濯したことのない新しい布を継ぎ当ててから洗うと、新しい布だけが縮んで、古い布が破れてしまいました。
イエス様は、ケチをつけに来た人たちをかわすためにこの例えを使いました。対立関係にあるファリサイ派の弟子たちも、イエス様と友好的な関係にあったヨハネの弟子たちも、信仰の表れとして食事をしない、断食をしていました。なのに、イエス様の弟子たちは断食する様子もなく、毎日楽しそうに飲み食いをしていました。うらやましかったのでしょうか。妬ましく思えたのかもしれません。イエス様はこのことで彼らに責められました。
ラマダンの季節になるとイスラム教徒が断食することはご存知だと思います。昼間は何も食べませんが、日が暮れると皆でご馳走を食べます。キリスト教にも断食の伝統がありますが、一般的には一日から一週間程度、何も食べないで、祈りと瞑想に集中します。
最近は健康法として断食を勧める人たちもいますが、聖書に出てくる断食の目的は、目に見える体の欲求を断ち切って、目に見えない神様の世界に思いを注ぐことです。何かのピンチに直面した時、または現状から脱出したいという熱い思いを抱いた時に断食して祈り、心の思いが本気だということを神様に訴えます。
ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは、自分たちの精神を研ぎ澄まし、当時の嘆かわしい現状を打破しようと思って断食しました。しかし、彼らはあることを見逃していました。イエス様の登場で、現状が既に変わっていました。政治体制が少しも変っていないのに、イエス様の周囲に、神の国が既に始まっていました。
救い主であるメシアが来るのを強く願って断食する時代は終わっていました。メシアであるイエス様が目の前に現れ、その事を喜んで一緒に飲み食いするのが当たり前の時代がすでに始まっていました。しかし、時代が大きく変化すると、それにいち早く気が付いて順応する人もいれば、頑固なまでにそれを悟ろうとしないで博物館行きの化石になって行く人もいます。
津軽の藩校、稽古館が廃藩置県でつぶされ、東奥義塾に生まれ変わろうとしていた頃、最後の藩主、津軽承昭、弘前の初代市長、菊池九郎などの人たちは英語の時代が始まったことを悟り、思い切って英語教育にシフトしました。それに反発したのは稽古館時代から教鞭をとっていた漢文の先生たちでした。稽古館という古い革袋に英語教育を入れるのは不可能でした。東奥義塾という新しい革袋に入れる必要がありました。
近年になり、東奥義塾にもICTに大きくシフトする動きもありました。生徒にiPadを持たせることに様々な危険があるとの指摘のほか、板書した物をノートに書き写す作業がなくなると、授業でやることがなくなるという心配も聞かれました。しかし、それに続いて現れたAIの始まりからも分かるように、それまでのやり方ではまったく対応できない新しい時代が既に来ていました。
21世紀の新しいブドウ酒を、従来通りの古い革袋に入れることにこだわる内は、先に進むのは不可能になっています。変わろうとする新しい時代でも活躍できる、柔軟な心を育てながら、今年もイエス様の教えに耳を傾けたいと思います。
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