2020年1月31日 3学年終業式 「新しい創造」
2020年1月31日 3学年終業式
「新しい創造」
コリントの信徒への手紙Ⅱ5章17節
「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」
『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。』これはチャールズ・ダーウィンの言葉として引用されることが多いですが、実際は1960年代に活躍した経営学の研究者、レオン・メギンソンの言葉です。いくら堅実な経営をしている会社でも、いつまでも同じ工程で、同じ商品を作り続け、同じ商法で販売しようとすると、いずれは消滅すると言いたかったようです。
産業革命以来、人間社会を取り巻く環境は激しい変化の連続を経てきました。個人のレベルで考えても、生計を立てるため、一生頼りにできると思っていた知識や技能の価値が急に下がったという例はいくらでもあります。自動化で手作業が不要になったり、賃金が安い国外に工場が移ったり、お店のサービスがネット経由で受けられるようになったりしました。
一時期、学校にも大きな嵐があり、それまでの指導法が通用しなくなりました。メディアは荒れた学校や崩壊した学級を頻繁に取り上げ、それに対処できる強面の教員が重宝される時期がありました。しかし、いつの間にか教室は落ち着きを取り戻し、その同じ教員はそれまでのやり方を変えるか、教育現場を離れるかの選択を迫られました。生徒指導はより繊細な心のケア、教科指導は考える力の育成へとシフトしました。
その間、あまり変化が見られなかったのは大学の入試制度でした。考えさせる工夫や記述問題の限定的な導入は見られましたが、論を立てて発信する力を試す問題に乏しい試験が多かったです。中央教育審議会は今から五年前に大胆な改革を提案し、文部科学省はそれに従って計画を立てました。主な内容はマークシート方式の問題に記述問題を加えることと、英語の「読む、聞く」に加えて「書く、話す」力を試す英語四技能試験の実施でした。
日本社会では、大学入試の成功が子育ての最終目標かと思うほど、教育活動の大半はこのゴールに向けて行われてきました。教育内容をいくら見直しても、入試で使わない知識や技能は趣味程度に扱われ、重要視されてきませんでした。しかし、外国語で発信する力は趣味にあてる程度の努力で身につくものでないので、今回の入試改革に大きな意味がありました。
国際会議を主催する人たちの間に次のようなジョークがあります。「問。国際会議の成功の条件は何か?答。○○人を黙らせて日本人をしゃべらせること。」「日本人はよく勉強してくるし、良い意見を持っている。しかし、他の国の人たちが積極的に発言するなか、聞くだけで何も言わない。」そのように嘆く主催者が数多くいますが、これは日本にとっても不幸なことです。様々な決定が行われる国際会議で、他の国の主張ばかりが印象に残り、日本の思いが通りにくくなります。何も言わないと反論も受けないので、自分の考えの弱点に気が付くことが少なくなり、論点を研ぎ澄ます機会も失われます。
この背景には日本人の文化的な奥ゆかしさもあるでしょうが、私は大学入試の在り方に大きな要因があると思い続けて来ました。改革の内容を知り、三十年も前からの主張がようやく通ったと思い、心から喜びました。英語は日本から見るとユーラシア大陸の反対側にある国の言葉で、その仕組みは日本語と全く違います。日本人が学ぶにはとても難しい言語がグローバル化した世界の共通語になってしまったのは不幸なことかもしれません。しかし、実情を変えるのは今さら無理なことで、日本のリーダーたちは、英語で発信できる若者を育てるのは国の存亡に関わる事だと判断し、今回の入試改革に踏み切りました。
試験の実施をTOEFLに代表される民間団体に任せたことが批判の的にされてきましたが、これにも大事な意味がありました。TOEFLは英語圏のどの大学からも評価される入学基準で、海外の大学で学ぼうとすると必ず受けなければならない試験の一つです。内容的にとても厳しいですが、均等な点数配分で英語四技能の力を試す試験です。国内の大学が従来の英語の試験に代わってTOEFLの結果を受け入れることは、勉強の成果を上げた高校生に国内の大学の他、海外の大学にも進む道を開くことを意味しました。大学には提示された点数を評価さえすれば、英語で発信する力がある生徒を確保できるメリットもありました。
国にも生徒にも、夢ある将来をもたらす入試制度の始まりかと思ったら、この理想は少しずつ削られて行きました。移行期間が設けられ、国立大学が見習う東京大学は当分の間、新しい制度に参加しないと表明しました。実施の時期が迫ると変化する意思のない教育者の間で本末転倒な議論が熱を帯びてきました。複数の試験を用いると評価に差が出る、経済格差や地域格差による不平等があるなど、その気になって努力すればすぐに解決できる問題が克服不能な障害であるかのようにもてはやされました。ついに、新しい制度に備える今の二年生の手続きが始まるその日、文部科学大臣は制度実施の先送りを発表しました。変化できないために滅び行く人たちを見るかのような、残念な思いに襲われました。しかし、それと同時に、今も続く東奥義塾の輝く伝統の強靭さを再確認して元気を取り戻しました。
卒業生の皆様。母校を誇りに思ってください。ここで受けたのは東奥義塾の伝統にふさわしい教育で、東奥義塾はこれまでの話とは対照的に、変化を恐れない学校です。東奥義塾の卒業生の、世界に通じる発信力は最初から強力なものでした。巡幸で青森県に来た明治天皇の前で堂々と英語のスピーチをして「日本の北の果てでこのようなすばらしい教育がなされていたのか。」と天皇陛下を感動させたのは皆様の先輩方でした。後にロシアとの和戦会議などで、日本の力強い代弁者として国のために大きな功績を残しました。
東奥義塾の変わることのない伝統を心に秘めながら大胆に前進してください。変化できる皆様のこれからの道に大きな期待を寄せています。この学校を出て、より良い世界を作るリーダーになってください。キリストと結ばれた、新しく創造された者として生きてください。心を込めて言います。輝く将来の始まりとなる、高等学校からのご卒業、おめでとうございます。
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