2019年1月31日 3学年終業礼拝 「人生と呼べる生き方」
2019年1月31日 3学年終業礼拝
「人生と呼べる生き方」
マタイによる福音書11章29節
「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」
今、一番学びたいことは何ですか。特に思い当たる事がなければ、人生が終わったと思ってください。生き物として生命が終了したという意味ではありません。「人として生きる」と書く「人生」は、人以外の生命体には体験できません。人以外の生き物に、生命の維持・継続という目的を超越した存在意義を見出すのは困難だからです。対照的に人は死ぬ瞬間まで学んで物事に対する理解を深め、それまでにできなかった事をする技能を習得することができます。だからこそ、単なる生命の継続と違って、「人生を送っている」と言うことができます。生命を維持、継続させて一生を終える動物と、最後まで学び続けることのできる人の根本的な違いはここにあります。
人は何億年も続いた広大な宇宙に比べると、一瞬の内に消える微塵にも値しない生命の一粒に過ぎません。しかし、宇宙そのものが何億年続いても、自ら自分の存在に気が付くことがありません。輝く銀河系も光を放っていることを知ることもなく、自分の美しさに感動することもありません。対照的に、一瞬の内に朽ちて行く、一粒の生命に過ぎない人間は、何億年という概念を理解し、広大な宇宙がそこにあることを知って感動することができます。理解や知識や感動に留まらず、人は宇宙空間に旅立って無事に帰ってくる宇宙船を作って操作する能力まで身に着けました。自分の身体機能を司るDNAの仕組みまで理解し、身体のプログラミングさえ手掛けるようになりました。
すべての生き物に生命があり、それぞれの動物に寿命があります。しかし、人が人生を送ることは、より高い次元の生命を生きることです。我々は人生という名にふさわしい生命を生きているかをよく吟味する必要があります。卒業生の皆様は東奥義塾で多くのことを学んだのは言うまでもないことです。しかし、学んだ量と、身に着けた技能の水準に大きな差があったと思います。「とても楽しい三年間を送ったという思いでの他に、高等学校に在籍したという証になるものを言え。」と迫られたら、返事に困る卒業生は少なくないと思います。三年間という時間が過ぎるのは早く、意識的に学ぼうという決意がないままに過ごすと、単なる生命の継続ではなかったかと自問自答することになります。
そこで、入学ではなく、卒業しようとする皆様に再び同じ質問をさせてください。今、一番学びたいことは何ですか。これから始まろうとする新しい生活が輝くかどうかが、その答えに込められた熱意に掛かっていると言えるでしょう。夢を抱いて自ら選んだ進路先の名称に答えがある幸せな生徒も多くいると思います。しかし、すぐに返事が出て来ない卒業生に向けて私の経験をヒントに、いくつかの提案をさせてください。
今まで手に取ったこともない楽器を習って見てはどうですか。難しそうな楽器でも20時間も練習すれば簡単な曲を弾くことができるようになります。小学校の頃、音楽の時間で楽器を手にしてから、カラオケ以外に音楽を奏でた事のない卒業生もいると思います。音楽には不思議な力があり、言葉で説明できないレベルで人に人生の意味を教えてくれます。聞くだけではなく、自分で奏でると、身体の奥から創造性と目に見えない宇宙の鼓動のような物が湧きあがってきます。自己満足に終わらず、聞かせる相手にも日常を超えた世界に招く手段になります。
これまで口にしたこともない外国語を習って見てはどうですか。南アフリカ共和国の元の大統領、ネルソン・マンデラ氏は言いました。「相手が理解できる言語で話しかけると頭脳に響くが、相手の母語で話しかけると心に響く。」これは聞く側に限ったことではありません。言語を新たに学び始めると、人類の魂が発する周波数の受信幅が一気に広がります。現在、世界にある七千以上の言語は皆、人類が何千年もかけて受け継いで来た人間の遺産の貴重な一部分です。それぞれの言語に、人類の苦悩と喜びと生き甲斐が詰まっていて、それぞれの世界観や人間社会に対する理解が反映されています。触れて見ない人が死ぬまで気が付かない世界がそこにあります。
今になって初めて英語に目覚めそうな気がするなら英語に再挑戦するのも良いでしょう。しかし、英語圏についての情報が多く、英語を学んでも新しい刺激は少ないかもしれません。意識したことのない、全く違う世界に飛び込もうと思うなら、考えたこともない言語に挑戦してみてはどうですか。
新しい学びの分野の話をするなら、卒業生の皆様の二年後輩の一年生は今年度の後半から情報の授業でプログラミングの勉強を始めました。教育改革の一環として、商品として出来上がったソフトだけではなく、コンピュータ言語を使って本格的なプログラミングの導入が計画されています。プログラミングができて当たり前だと思っている世代が育ち始めました。今からでも遅くないと思って学び始めた大人も増えています。世の中について行けない大人になる前にプログラミングを学び始めて見てはどうですか。
スポーツ、読書、料理、絵画、園芸などの話を続けても良いですが、切りがなくなるので、ここで止めます。ただ、胸を張って自分の生命の継続を人生と呼べるように、人らしく、学び続ける生き方をしてください。何よりも愛することを学んでください。一番簡単そうで、最も難しいのは一生、同じ人を愛し通すことです。様々な落胆、裏切り、怒りなどの試練を乗り越えて、愛を全うすることを学んでください。何十年も先に、憎しみに負けないで愛し通した人にしか行かないご褒美が待っています。頑張ってそれを目指してください。
マタイによる福音書の11章の29節に登場するイエス・キリストは言っています。「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」
いつかまた、卒業生として母校に遊びに来る日を楽しみにしています。学校から離れて何を学びながら人生を送っているのかを、目を輝かせながら話してもらえるものと期待しています。前途の幸せを祈ります。ご卒業、おめでとうございます。
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