2017年9月4日 礼拝説教 「何もかも捨てて従った」

201794日礼拝説教
「何もかも捨てて従った」

ルカによる福音書527節~32

27節             その後、イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、「わたしに従いなさい」と言われた。 
28節             彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。
29節             そして、自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した。そこには徴税人やほかの人々が大勢いて、一緒に席に着いていた。 
30節             ファリサイ派の人々やその派の律法学者たちはつぶやいて、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」
31節             イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。
32節             わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」

 新約聖書には、二つの名前を持っている人が多くいます。ここに登場するレビもその一人です。レビは、マタイによる福音書を書いたマタイだと言われています。レビのイエス様との出会いは、これまでの人たちと同じように、当時の社会常識をひっくり返すものでした。

レビは、イスラエルという国を占領する、嫌われ者のローマ人に代わって、同国民から税を集めて私腹を肥やしている人でした。次のような推測ができます。レビにとってお金はとても大事なものでした。自らこのような仕事を選ぶ人は、イスラエル社会の底辺にいる外国人同様、一般市民に付き合ってもらえない人でした。職業に伴う恥を気にすることなく、村八分にされてもお金さえあれば満足だと自分に言い聞かせていました。

イエス様はどうでしょうか。マタイによる福音書を読むと、軽率な気持ちで弟子になろうとする人に、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」と言いました。自分について来るなら、何の保証もない、貧乏な暮らしを覚悟する必要があると言いたかったのです。お金のために生きていたレビが、一銭のお金もないイエス様から「わたしに従いなさい」と声をかけられました。レビは何もかもを捨てて立ち上がり、イエス様に従いました。

初対面にしてはちょっと考えにくい出来事です。しかし、イエス様がヨルダン川に行った時の事を思い出してください。集まっている人たちの中に徴税人が多くいました。イエス様は彼らに交じって洗礼を受けました。その時にレビとの出会いがあったかもしれません。ヨハネは徴税人に職業を変えるように迫ることなく、ただ、「決められた額よる多く徴収するな」と教えました。

レビはヨハネの教えに感銘を受け、間近となった神の国への希望に胸を膨らませ、故郷に戻りました。そこで待っていたのはこれまでと変わらない、徴税所の仕事と、お金に困ることない、比較的裕福な生活でした。しかし、そこには、新しい理想を抱いたレビの心を満足させる物は何一つありませんでした。

ヨルダン川の岸で感じたあの感動を忘れることができないレビはある日突然、一緒に洗礼を受けたイエス様との再会を果たしました。その瞬間、レビの心に迷いはありませんでした。「わたしに従いなさい。」この言葉を耳にしたレビは、何もかもを捨ててイエス様に従いました。

この展開で周囲の目撃者を驚かせたのはレビの決断だけではありません。ここで犠牲を払ったのはレビだけではなく、イエス様でした。それまでの弟子たちは貧乏で無学とは言うものの、皆、堅気でまじめな人たちでした。レビが仲間に加わるとイエス様の評判に大きな傷が付くのは確実でした。イエス様の仲間に前科者が入った。これを聞いただけで、まじめなユダヤ人はドン引きします。

レビの家で盛大な宴会が始まり、思いのほか、イエス様は徴税人の仲間に加わりました。宴会は事実上、レビの徴税人としての生活に終止符を打つお別れ会でした。しかし、世間の目は甘くなかったです。イエス様に抵抗する勢力は何一つ、見逃しませんでした。

「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」このつぶやきはイエス様の名言、「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。」を引き出しました。

イエス様は理想的な仲間を集め、評判の良い宗派を立ててその教祖になる気はさらさらありませんでした。イエス様の教えである福音は、それまでの常識を覆す革命的な物であり、レビのような人のためにあるものでした。

「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」私たちはどちらでしょうか。イエス様の仲間に加わらない正しい人でしょうか。それともイエス様に付いて行く罪人でしょうか。

Comments

Popular posts from this blog

2025年6月9日 礼拝説教 「天に報いがある人」

2024年7月22日 終業礼拝 「心を見る神」

2024年3月7日 終業礼拝 「見捨てられることはない」