2017年7月12日 礼拝説教 「汚れたのけ者」
2017年7月12日礼拝説教
「汚れたのけ者」
ルカによる福音書5章12節~16節
12節 イエスがある町におられたとき、そこに、全身らい病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った。
13節 イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまちらい病は去った。
14節 イエスは厳しくお命じになった。「だれにも話してはいけない。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたとおりに清めの献げ物をし、人々に証明しなさい。」
15節 しかし、イエスのうわさはますます広まったので、大勢の群衆が、教えを聞いたり病気をいやしていただいたりするために、集まって来た。
16節 だが、イエスは人里離れた所に退いて祈っておられた。
イギリスのダイアナ妃が交通事故で亡くなってから来月で二十年になります。これはチャールズ皇太子との離婚と、エジプト人の大富豪の息子、ドディ・アルファイドとの関係がメディアで騒がれている最中のことだったので、世界中に大きな衝撃が走りました。イギリスの王室の最初の反応は冷たかったです。ダイアナ妃の死を悼む声明を発表したものの、王室を自分から出て行った人なので、国として特別なことをする必要がないというスタンスを取りました。しかし、当時のイギリスの首相、トニー・ブレアーは「あの方は庶民のお姫様 (The People’s Princess) だったから、そういう訳には行かない」と主張したため、国葬並みの葬儀が行われることになりました。
ダイアナ妃は美人で愛嬌がありました。しかし、その人気には様々な理由があり、亡くなる十年前に写されたある写真が今になっても話題になります。1980年代に、誰も聞いたことのない奇妙な、死に至る病が世界中に広がり、多くの人たちを恐怖に陥れました。最初は、血管に注射を打つ麻薬中毒者と、男性の同性愛者しか感染しないと言われていましたが、次第に、子供も感染することがあるという事実が明らかになり、恐怖はパニックに変わりました。
自分の子供が通っている小学校に、その病気の感染者が通っていることが知られると、大変な騒ぎになりました。病気の名前はエイズでした。自分たちと関係のない、気持ち悪い、不気味な病気だと考えていた一般人は、患者たちを助けようとする必要を感じることなく、極力、接触を持たないように気を付けました。そんなある日、ダイアナ妃がエイズ患者を慰問し、手袋を付けずに握手している写真が新聞に載りました。実際のところ、エイズ患者と握手しても、抱き合っても、病気が移る心配はありませんが、その事を信じようとしない一般人にこの写真は大きな衝撃を与え、エイズ患者に対する偏見の緩和に大きな貢献をしました。
今日の聖書の箇所に登場する人の病気は、世界の至る所で何千年もの間、人々に大きな恐怖を与え、厳しい偏見の対象になっていました。近代は、その病気を引き起こす菌を発見した研究者の名前にちなんでハンセン病と呼ばれるようになりましたが、以前は「らい病」と呼ばれました。プロミンという特効薬が開発され、完治する治療法が発見されたのに、日本でも最近まで、感染者や元感染者がひどい差別と人権侵害を受けました。
そのため、「らい病」という名称は差別用語として扱われているので、なるべく使わないように気を遣う必要があります。先日、阿部先生から話があったように、聖書に書かれているこの病名はハンセン病以外の多くの皮膚病を含む名称として使われていたと考えられています。しかし、聖書に見られるこの病気への対応は、最近まで見られたハンセン病に対する扱いとあまりにも似ています。聖書の時代の人たちの恐怖と嫌悪感の対象となったこの病はほぼ間違いなく、顔の形が崩れ、手と足の指が落ちてしまう症状が見られる、ハンセン病だったと考えるのが妥当かと思います。
旧約聖書のレビ記にこの病気を持つ人について次のように書いています。「祭司はその人に『あなたは確かに汚れている』と言い渡す。その人は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない。」汚れた人に触ると、触ったその人も一時的に汚れた者として扱われました。
この箇所の続きを読むと、病気が治ったらどうするかについても指示があります。かなり手の込んだ儀式を行う必要がありました。しかし、実際のところ、何があってもこの病は治ることなく、この儀式が行われることは一度もなかったと言われています。次第に、ユダヤ人の間に、ある言い伝えが広がりました。「メシアが来ると、ハンセン病の患者も癒される。」今日の箇所に登場するこの方ももちろんその話を知っていました。
イエス様の噂を聞くと心に希望が湧きました。「この人こそメシアに違いない。私の病気を癒し、人間社会に戻してくれる方がついに来た。」皆が逃げるように避けるこの方は、意を決してイエス様に近づいて言いました。「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります。」その直後、何千年来の呪いが一瞬にして解かれました。イエス様はその方を避けずに面と向かい、手を差し伸べて触り、「よろしい。清くなれ」と言いました。
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