2017年4月17日 礼拝説教 「わたしたちはどうすれば良いのでしょうか」
2017年4月17日礼拝説教
「わたしたちはどうすれば良いのでしょうか」
ルカによる福音書3章7~14節
7節
そこでヨハネは、洗礼を授けてもらおうとして出て来た群衆
に言った。「蝮の子ら
よ、差し迫った神の怒りを免れると、だ
れが教えたのか。
8節
悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』
などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころ
からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできにな
る。
9節
斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみ
10節
そこで群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか
11節
ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に
分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答え
た。
14節
兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ね
た。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取っ
たりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。
「保守」いう言葉と「右翼」という言葉があります。この二つの言葉の意味は同じではありません。保守的な人は現状を変えようとすると、いやがります。「今のままの方が良い」と考えます。資本主義の国の保守的な人は、資本主義のままで良いと考えます。共産主義の国の保守的な人は、共産主義のままで良いと考えます。
「右翼」という言葉を説明するのはもう少し難しいです。日本でこの言葉を使うと、第二次世界大戦の前の日本に関わることが好きな人を指して言うことが多いです。逆に、その頃の日本に関わることが嫌いな人を左翼と言うことが多いです。
最近、各国の政治に右派政党というものが目立つようになりました。そのリーダーたちを右翼的な政治家と言うことが多いです。いろいろな違いがありますが、この人たちの一番目立った共通点は「自己中心主義」です。
これはいろいろな形で現れます。まずはお金です。大もうけをしていても、税金を払うのをいやがります。自分が払った税金が困った人たちや社会的弱者のために使って欲しくないと考えます。
その一方、税金を軍事費に回すことには賛成します。自分の国のプライドに少しでも傷が付くと逆上します。爆撃で相手国の一般市民が何人死んでもあまり気にしないが、自分の民族の安全が少しでも脅かされると、ためらうことなく戦争を始めようとします。
自分の価値観が絶対だと思うので、違う価値観を持つ人たちの生き方を認めようとしません。全ての人に、自分の価値観に合わせて行動するように圧力をかけ、違う価値観を持つ人たちの生活を可能な限り、窮屈なものにしようとします。
ヨハネに「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」と言われた群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねました。ヨハネは集まってきた人たちに「自己中心主義」の正反対の生き方を要求しました。
仲間がたくさんいる人は、友だちがいない人に友情をわけて上げなさい。成績が優秀な人は勉強が苦手な人のことを心配してあげなさい。相手の弱い立場を利用して自分の力を誇示してはだめだ。勿論、お金をゆすったり、いじめたりするのはもってのほか。高校生の日常生活に合わせて言うなら、こんな風に聞こえるでしょう。
ヨハネの教えは、持ち物を平等に分け合いなさい。弱者を脅したり、搾取したりしてはだめだ。その一方、ローマ軍に協力して税金集めや治安維持に当たって世間から白い目で見られている人たちに、転職を迫るようなことをしませんでした。その仕事を奪うと生活していけない彼らの立場をよく理解していたのではないかと思います。
聖書が教えるこのような生き方を現代に当てはめたら、社会はどのように変わるでしょうか。政治や国際情勢はどのように変わるでしょうか。難民問題や環境問題への対応はどう変わるでしょうか。
「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」このような目に遭わない東奥義塾の生徒であり、職員であることを望んでこの一日に向かって行きたいものです。
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