2023年10月20日 記念式典式辞 「遠い昔の日々を思い起こせ」

 20231020日 記念式典式辞

「遠い昔の日々を思い起こせ」

申命記327節、10節~12

7節              遠い昔の日々を思い起こし、代々の年を顧みよ。あなたの父に問えば、告げてくれるだろう。長老に尋ねれば、話してくれるだろう。

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10節         主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた

11節         鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり、羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶように、

12節         ただ主のみ、その民を導き、外国の神は彼と共にいなかった。

 東奥義塾の生徒、教職員、同窓生、関係者の皆様。私たちが愛して止まない、東奥義塾の誕生から150年という節目の年を迎えたことを、心からお祝い申し上げます。ご来賓の皆様、大事なお時間を割いていただき、私たちと共にこの日を喜び、ご来校いただいたことを深く感謝申し上げます。

 先ほど、岩住宗教主事が読んでくださった聖書の言葉の通り、私たちは今日、この日、「遠い昔の日々を思い起こし、代々の年を顧みる」ために集まりました。私たちが父として崇め、長老として重んじる多くの方々もこの場に来られました。東奥義塾の歩みについて不十分な知識しかない私たちは、「この方たちに問えば告げてくれるだろう、尋ねれば、話してくれるだろう」という期待を胸にしてこの日を迎えました。

 私たちの学校の歴史はあまりにも長く、その歩みを支えて来た方々と、東奥義塾が生み出した方々の功績はあまりにも大きいが故に、受け継ぐ立場にある私たちは、その任に相応しいかどうかを常に問われ、東奥義塾という巨大な波の先端に浮かぶ小さな存在であることを日々思わされます。伝統を受け継ぐことが如何に根気を要することであっても、節目ごとに、無から有を作り出したとも言える諸先輩方の想像を絶する労苦を思うと、何をも誇ることができない自分がここにいることを、深く認識せざるを得ません。

 東奥義塾が私立学校として認可を受けた1872年以来、一貫して順風満帆の日々を過ごしたとするなら、この日を迎える私たちの喜びは半減していたかもしれません。この学校の歴史は一度の閉校を含む、数々の存亡の危機を経て現在に至りました。何度も存続を脅かすできごとを乗り越えて来たからこそ、この日に特別な意味があり、私たちはそのことを記念して、喜び祝うのです。

 勉強を教える能力に長けた人材が揃っている教育機関の設立は珍しいことではなく、単なる教育機関に過ぎないのであれば、新設されることにも、淘汰されることにも、特別な意味はないのかもしれません。しかし、東奥義塾は違います。この学校には時代を超えた確固たる存在意義があり、なくなるのは、あってはならないことです。危機に見舞われるその度、熱烈な思いに動かされた大勢の方々は、何があっても東奥義塾の火を消してはならないと固く決心し、多大な犠牲と努力を惜しむことなく注ぎ出し、時を超えた東奥義塾の繁栄を確実な物にてしてきました。

 弘前市を初め、津軽を代表する方々を前にして、地域の皆様の多大なお支えがあったことを思いつつ、深く御礼申し上げます。東奥義塾の教育は学校と、直接の関わりがない方々からも力を受け、心のこもったお支えを受けてきました。ことある毎に、津軽を故郷とする皆様は、東奥義塾の伝統となったキリスト教主義や、異国風の文化を排除することなく、寛大な心をもってその精神に理解を示し、地域の文化的遺産に加えてくださいました。

1922年に、9年間に及ぶ閉校の末、東奥義塾の資産を管理していた団体は青森県に、無償で貸していた校舎を再び利用したいと申し出た時のエピソードが、この事実を如実に表しています。県から多額の補助をいただいている今では考えられないことですが、東奥義塾は青森県から立ち退き料を求められました。アメリカのメソジスト教会が用意した、当時としては多額の6万円では足りないと告げられ、求められた10万円の支払いができるよう、藤崎町の実業家、長谷川誠三は1万円を提供してくれましたが、残りの3万円を用意してくださったのは、それまでの東奥義塾と共に歩んできた弘前市でした。

 現在の世界情勢を見ると、多くの指導者は普遍的な価値観に背を向け、所属する集団の利益や、痛みや、屈辱に民衆を注目させ、他の集団への憎しみを煽ることによって支持を集めます。権力を握ると容赦なく争いの種をまき散らし、敵にも見方にも傷を負わせる結果を産みます。共存共栄できる、平和で豊かな世界を夢見た過去を思い返すと、人間が自ら作り出した様々な悲劇は、失望と諦めに向かうように、私たちの心に誘惑を仕掛けて来ます。

 しかし、東奥義塾は創立以来、そのような誘惑をきっぱりと拒み、人類共通の普遍的な価値観を手放すことなく、より良い世界を作るリーダーを育てる教育に徹して参りました。皆様からいただいたご理解とご支援の賜物として昨年の春、その理念を色濃く反映した形で、50年ぶりに中学校の再興を実現させました。周辺の学校の中で東奥義塾にしかない運動施設の充実化は、のびのびと走り回る生徒の心を開放し、新たな挑戦へと駆り立てました。ここに集まった皆様からいただいた、寛大で多額な寄付が生かされ、生徒の日常的な生活環境も、著しく改善されました。

 「主は・・・これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた。」これはエジプトでの奴隷生活から解放され、約束の国を目指し、水も食料もない荒野を渡るイスラエルの民に向けられた言葉です。しかし、これは神様に愛されたすべての人を対象とするものであり、特別に強い意味で東奥義塾に宛てられた言葉だと私は確信しています。抵抗できそうもない圧力や出来事に押しつぶされそうになった時、神様は東奥義塾を囲い、いたわり、ご自分のひとみの様に守られました。かつてそうであったように、私たちは今後もそうであると信じ、将来への希望を固く握って放しません。

 多額の公的補助金を受け取れる平和な時代を迎え、当分の間は思想的な弾圧や、財政的な危機に脅かされることがないかのように思います。しかし、この先の東奥義塾が立ち向かわなければならない状況に、容易とは言い難い物がいくつもあります。地域全体の危機でもありますが、20年ごとに半減して行く、青森県に生まれる子供の数の減少は深刻度を増す一方で、学校と呼ばれるすべて教育機関を脅かしています。一校ずつ消えて行き、子供が通わなくなった校舎を見ると、この先の東奥義塾の在り方について心配しない方はいないと思います。

 私たちには未来を察知する力はありません。しかし、今まで変化があったと同じように、新しい時代が更なる変化をもたらすのは確実なことです。しかし、どのような状況に見舞われても、次、またその次にやってくる記念式典で、今ここにいる生徒と、日々、彼らを熱心に指導する若い教職員が、不滅のスピリットを持つ東奥義塾の更なる躍進を、その時に集まった皆様にご披露することになると少しも疑うことなく、固く信じております。

この学校に関わって来たお一人お一人に、今まで東奥義塾を支え導き、これからも新しい高嶺を目指す勇気とビジョンをくださる、神様の豊かな祝福と御恵が、共にあることを祈り、式辞と致します。

20231020

東奥義塾中学校・高等学校

塾長 コルドウェル ジョン

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