2019年9月2日 礼拝説教 「風を読む」


201992日礼拝説教
「風を読む」

ルカによる福音書1254節 ~ 59

54節          イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。
55節          また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。
56節          偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」
57節          「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。
58節          あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、途中でその人と仲直りするように努めなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。
59節          言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。

「米国憲法第九条。米国国民は自国に都合の良い正義と秩序を希求し、国際平和を軽んじ、国際紛争を解決する手段として、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇と、武力の行使を積極的に用いる。前項の目的を達するため、陸海空その他の戦力は、他国を圧倒する、人類史上前代未聞の規模で保持する。国の交戦権は当然のこととし、他国の主権を認めない。」

 この類の文書を風刺と言います。風刺の定義は、「社会や人物の欠点や罪悪を嘲笑的に表現し、遠回しに批判すること」です。風刺を見聞きして面白いと思うかは読者の立場によります。もちろん、腹を立てる人もいます。そもそも、アメリカ合衆国憲法の条文は第七条までしかなく、米国憲法第九条は存在しません。ただ、日本国憲法第九条をアメリカの近現代史の実態に照らし合わせると、このような皮肉を書きたくなる人が出てくるのも頷けると思います。

 70年以上も前に日本は国際紛争を解決する手段として戦争を永久に放棄すると宣言しました。その結果、同盟国に協力してベトナム戦争に30万人以上の兵隊を送って激しい戦闘に加わり、5千人以上の戦死者を出した韓国とは対照的に、日本はこの間、外国の兵士や市民を殺すことが一度もありませんでした。平和主義の優等生とも言える日本が築いた、もっと評価を受けても良さそうな実績ですが、それに水を差してきたのは、日本が同盟を組んだ相手国との関係です。

 最初に読み上げた風刺文が物語るように、日米同盟の主導権を握るアメリカは日本とは対照的に、国際紛争に直面する度に、戦争という手段を選び続けてきました。現在に至って、日本各地でアメリカ軍に空の支配と広大な基地を提供する義務を負わされていますが、かつての韓国軍のようにアメリカの戦争に加わるのを免れた原因を探すなら、日本人が一字一句も変えずに守り通してきた、日本国憲法の効果が絶大であったのは言うまでもありません。

 イスラエルの西にある地中海の方角に雲が現れると雨が降る。南にある砂漠の方から風が吹くと暑くなる。イエス様の嘆きは、風の動きで天気の移り変わりを当たり前かのように予想できるユダヤ人が時代の風を読めなかったことでした。当時は激しい風が吹いていて、40年後にイスラエルの国家そのものが消えてなくなる運命を背負っていました。借金を返せなくなると刑務所に入れられる時代だったので、イエス様は借金取りとの交渉を例に出して、先を読もうとしない軽率な人たちの悲しい結末について警告しました。

 時代の風を読んでください。地球の温度が毎年、僅かながらでも上昇しているのに世界の大国が責任を放棄している今。各国の首脳たちが子供じみた言葉で罵り合い、経済制裁の応酬に徹している今。国民を戦争の悲劇から守って来た、国家の厳かな約束の内容を変えるべきだと主張する政治家がいる今。この先に何があるのかを悟るように、目を背けることなく、注意を払ってください。

ナチの風が吹き始めた時、世界の歴史に刻まれるホロコーストの汚名と、国家の東西分断を予想したドイツ人はいたでしょうか。軍国主義の風が吹き始めた時、空襲と原爆による国土の破壊と、75年近くも続く外国軍の駐留とも言える状況を予想した日本人はいたでしょうか。世界のトップを争う優秀な民族だからと言って、危険な風とその結末を察知できるとは限りません。

イエス様は時代の風を正しく読まずに、後戻りできなくなった人たちの境遇を次のように表現しています。「言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」

 レプトンは現在、物理学者が使う、小さな素粒子を指す言葉ですが、新約聖書時代のレプトンは価値の最も低いお金の単位でした。借金を払えなくなった人が最後の一円を返済するまで拘束されるというこの例えは、今の時代を生きる私たちにも十分に当てはまる話です。

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